「蓄膿から導き出される青春の思い出」
やはり黄色い鼻水が出続けるのと、左目の周囲の痛みが引かず、泣く泣く病院へ行った。
予約なしで行ったおれが悪いのだが、都合三時間も待たされて判明した病名は「蓄膿症」。鼻腔内の膿が神経を圧迫して、目の周囲が痛むのだろう、と。
なるほど、蓄膿ですか……参ったね。
最初はなんの病気かわからなかったので普通に内科で診察を受けていたのだが、鼻の病気とあれば、内科ではなく耳鼻科だ。内科の医師が、「じゃあ、この後、耳鼻科で診察受けてください」とのたまったところ、そばにいた看護婦が(今は看護士といわなきゃならんのだよな。しかし、風情がねえな、看護士)、「あ、今日は耳鼻科の先生、オペが入っていてお休みです」と切り返す。
結局、その病院、耳鼻科の診察があるのは月曜から木曜の午前中のみ、なおかつ翌日の木曜は予約でいっぱいということで、なんのことはない、また来週、病院に行かなければならない羽目になった。だから、病院は嫌いなのだ。特に総合病院。
蓄膿と聞いて、なんだかほっとしたのは事実だ。原因がわかると安心できる人間の心理システムってのは凄いが、しかし、ほっとしたのも束の間、昔のことを思い出して、とりあえず嫌だけれど、本当に嫌だけれど、なおかつ時間を作るの大変なんだけれど、来週はきちんと病院へ行こうと思っておる。
というのも、小学校中学校時代の友達に蓄膿を患っている男がいて、そいつがある時、膿んだ鼻腔からばい菌が脳にまわって髄膜炎という重病にかかり、死の淵をさまよったことがあるのだ。
この男、高校教師だった母が医者と再婚して、我々の仲間内ではもっとも裕福な家庭の子で、ロックに狂い、ギターに狂い、金にあかして新譜レコードを買いまくり、我々貧乏人の息子はたかるかのようにこの男の部屋にたむろし、自分では買えないレコードをダビングさせてもらい、暇ついでに膨大な数のシングルレコードを使って「イントロ当てクイズ」で遊んだり、当時、どの家庭でも見ることのなかったビデオデッキがあったりもしたので、洋楽バンドのライブビデオを堪能したり、いろいろ美味しい思いをさせてもらったのだったなあ。そいつ所蔵のアルバムの歌詞カードで英語歌詞と訳詞を血眼になって読みくらべて英語を勉強したのも、今現在、海外にひとりで行っても困らないことの一因だし。そのころ覚えた英語の歌は今でも歌える。大学からこっちになると、どんなに好きだった曲も、歌詞、いっこも出てこない。
忘れもしないが、こいつの一家は毎年正月に海外旅行をするのが恒例になっており、ある年の正月、ロンドンから帰国したこの男は、「今、向こうで一番流行ってるのがこれだよ」と、SEX PISTOLSのデビューアルバム『勝手にしやがれ』(英語タイトル失念)をぽんと我々の前に出し、我々田舎の貧乏ロック小僧たちは、なんてかっちょいいんだパンクってよぉ、と感激したのだった。あれはおれたちが中一か中二の正月だから、あの当時、日本じゃブリティッシュパンクのパの字もなくて、北海道のど田舎の小僧たちが、日本でもかなり早いうちにパンクに触れるという奇跡のような現実が起こったのも、あの男のおかげだ。
そういえばそいつが髄膜炎で札幌の病院に入院していたとき、友達と連れだって見舞いに行き、実は見舞いを口実に札幌で遊びたかっただけなのだが、そいつのお母さんに「わざわざ見舞いに来てくれてありがとうね」と小遣いを一万円ももらってしまって、嬉しいやら、恐縮するやら、だってあの当時の一万円っていったら、今ならいくらだ、おい。
その一万円でおれは札幌の大型書店で当時はまっていた日本SF作家の本を買いまくり、至福の時を過ごせたのだった。ちなみに一緒に行った友達はたしか、レコードを買い漁っていたのではなかったか。よく思い出せないが、おれはとにかく本だったのだ。あ、ついでに思い出したが、たしか、ふたりで映画を見に行って、それが確か『13日の金曜日』で、ベッドシーンで男優が腰を振っているのに感動したのだったなあ。しかしなんで『13日の金曜日』だったのだろうか。おれたちが住んでいた田舎町には映画館がなかったから、映画なら何でもよかったのだろう、多分。
まあそういうわけで、蓄膿から髄膜炎になった男は、おれたちにとっては宝物のような存在で、あいつのおかげでおれたちの中学時代は充実していた。ちなみに同じサッカー部で、おれは右のウィング、そいつはゴールキーパーでもあったのだが。
元気にしてるかな、太郎。
というわけで、来週はまた病院なのだが、その前に前橋で競輪の寛仁親王杯があるわけで、それには行くと決めており、しかし、そんなことしていていいのか、日帰りで行くからいいのだ、そういうことをしているから、花村萬月に「小博打やってもしょうがねえだろう」と馬鹿にされるのだ、と葛藤しつつ、しかしやはり行くのだな、おれは。
蓄膿は辛いです、髄膜炎は怖いです、ということを書くつもりだったんだけど、ま、いいか。
(2003年7月20日掲載)
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