Hase's Note...


┏-┓
-

「馬鹿につける薬はない」

 毎年、12月30日には「競輪グランプリ」という、競輪の年度行事の中でも最大のレースが行われることになっている。当然、去年も仕事をなんとかやりくりしてグランプリに出かけたわけで、非常に有意義な年越しを過ごせたわけだ。
 なにせ、伏見−山田の64倍、取っちゃったんだもんよぉ。年末に大勝するの、久々なんだもんよぉ。
 競輪に興味のない人間にはなんのことやらさっぱりわからんだろうが、しかし、嬉しいので書きつづける。
 伏見というのは、今年才能を開花させたとてつもなく強い選手なのだが(ちなみに『漂流街』のやくざの伏見は彼の名前を借用させてもらったキャラだ)、10月に競輪とは関係のない競技で落車し、鎖骨を骨折。グランプリは欠場あけ3走めか4走め、それに加えて後ろに兄弟子の岡部という選手がつけるせいで、オッズが途方もなく高くついていた。後ろに師匠だとか兄弟子だとかがつくと、若い選手は彼らのために走るという傾向が競輪にはあるんでね。
 普通なら、伏見からは買いづらい。わたしなんぞは、競輪解説者の久保千代志さんに伏見の調子を訊ね「まだ七、八割の出来ですから、考えた方がいいかもしれませんね」と言われていたにもかかわらず、あまりのオッズの高さに目がくらんでしまったのだった。
 ただ単にオッズが高いというだけなら考えるのではあるが、わたしは今年、伏見にン百万円の投資をしている。彼が優勝したオールスター競輪でその一部を回収はしたものの、まだ大赤字だ。なんとしても残りの資金を回収せねばならなかったのである。
 伏見は先行選手で、グランプリのメンバーで先行選手は伏見ひとりだけ(こういう状況を先行一車という)。こういう場合、伏見の後ろは考えるまでもなくごちゃつくので、二着にだれが入るかは予想できない。そんなわけだから、わたしは「山田裕二からだけは買ってはならない」という父の遺言(嘘です、当然)に逆らってまで、伏見−山田の64倍を押さえたのだ。
 いやぁ、久々に叫んだなぁ。後ろに兄弟子の岡部がいるのに、伏見、なかなか逃げないんだもの。伏見から買ってないファンは伏見のこととんでもない野郎だと思っただろうが、わたし、伏見から買っているのだ。逃げるな、逃げるな、まだ逃げるな、岡部なんぞどうでもよろしい、エゴイストになりたまえ、自分のことだけ考えたまえ、優勝賞金の7500万円のことだけ考えなさい、これに勝てば君は年間王者だ、賞金王だ、人の絆より、金と名誉が大事だ、そうだろう?
 ろくでもないことを念じつつ、ゴール前では「伏見、残れ!!」の連呼だ。あれで山田に差されたら目も当てられんもの。
 伏見−山田はわたしの本線ではなかったので、去年一年間で伏見に投資した全額を回収することはかなわなかったが、しかし、わたしがほくほく顔で平塚競輪場を後にしたのはいうまでもない。
 それにしても競輪は楽しい。自転車競技は本当に楽しい。わたしは競輪だけではなく、トゥール・ドゥ・フランスや、ジロ・ディタリアなんかのロードレースも好きだ。トゥールやジロのシーズンになると、テレビの前からなかなか動けなくなる。
 なぜにこんなにも自転車競技が好きなのかといえば、やはり、自転車が人力で走る乗り物であり、団体競技であり、それゆえに、自転車競技に人間社会の縮図が盛り込まれるからだろう。
 ロードレースは完全な団体競技だし、競輪も、ゴール前は個人競技だが、周回中は団体競技の側面を持つ。そうした競技には、人間の美しさ、醜さ、自己犠牲の精神、身勝手さ、貪欲さ、清廉さ、友情、敵意、嫉妬、敬愛−−すべてが凝縮され、展開される。
 もうね、あなた、ロードレースなんて酷いもんですよ。チームにはひとりのエースがいて、残りはアシストと呼ばれる。アシストの選手は、エースに結果を出させるために限界を越えてペダルを漕ぐ。エース選手はその後ろで力を貯えて走るだけだ。で、勝負所で美味しい場面をさらっていく。ひとり、ふたりとアシスト選手が脱落していく姿は悲しいものがある。胸がしめつけられる。各チームのエースたちの、特に山岳コースでのつばぜり合いは確かに迫力たっぷりでおもしろいが、わたしは、脱落していったアシスト選手たちのその後が知りたくてたまらなくなる。リタイアしたのか。とりあえずゴールして、また翌日、エースのための馬車として戦線に復帰するのか。中には「もうこんな人生いや」とかいいだすやつはいないのかとか。
 エースと呼ばれる選手たちだって、化け物じゃないから年を取れば力が落ちていく。一年前まではエースだったのに、翌年のレースでは若手にエースの座を奪われて、アシストにまわされた選手を見ることがある。そこにあるのは、人間の悲哀だ。清濁あわせ飲んで生きてきた人類の象徴だ。綺麗事の通じない現実の世界だ。
 車のレース見てたって、マラソン見てたって、こんなことは考えない。自転車競技だけがわたしの想像力を掻きたてる。
 この楽しさを知ったら、競馬なんて馬鹿らしくてやる気がしない。競艇もオートも同じ。馬がなにを考えて走ってるかなんてだれにわかるのか。だれに想像できるのか。エンジンを使った周回競技に人間社会の縮図が如実に現われるはずもない。しょせん、公営ギャンブルなんぞ、テラ銭を二十五パーセントもぼったくられる博奕だ。勝てる道理がない。それでも博奕をするからには、楽しい方がいいに決まっている。
 そんなわけで、わたしは今年も競輪場通いを続けるのだろうなぁ。
 だれか、トゥールかジロにわたしを連れていってくれないもんか。でも、サッカーだけで手一杯か。これ以上仕事が増えたら確実に死ぬもんな、おれ。
 書き忘れていたが、平塚で初めて3連単車券(1着、2着、3着を順番に当てる車券)に手を出したんだけど、だめだな、あれ。博奕じゃなくてくじだろう、あれじゃ。とてもじゃないが、やる気にならん。
 それから、グランプリの副賞についてきたポルシェ。あれ、スカパーの競輪専門チャンネル「スピード・チャンネル」が金を出したらしい。儲かっているのはけっこうだが、利益は視聴者に戻すってのが筋だろう。ファンを馬鹿にするにもほどがある。こういうことやってるから、競輪はどんどんすたれていくのだ。ああ、やんなっちゃう。
 ここで突然はたと気づいたのだが、競輪さえやってなければ、フェラーリだろうがランボルギーニだろうがポルシェだろうが、アルピナのZ8だろうが、金子のと同じジャガーだろうが、なんだってよりどりみどりで買えたのだなぁ。マカオの二千万のマンションだって、キャッシュで買えたのだなぁ。そうなりゃぁ、永住権もらってマカオに住んで、マカオ政府に格安の税金払って、日本に収めるはずだった税金が浮いた分、いくらでも競輪に注ぎ込めたのになぁ。それじゃ本末転倒だなぁ。ああ、やんなっちゃう。
 だれかマセラティのスパイダーを格安で譲ってはくれまいか。くれねえだろうなぁ。発売されたばっかりやん。
 仕事のしすぎで頭のねじが緩んでいる、今回の馳でした。

(2002年1月16日掲載)

-
┗-┛


[← 前号ヘ] [次号へ →]



[TOP] [ABOUT SITE] [INFORMATION] [HASE'S NOTE] [WORKS] [LIST] [MAIL] [NAME] [SPECIAL]

(C) Copyright 2001 Hase-seisyu.Com All Rights Reserved.