「一年ぶりの香港」
うまいものをたらふく食ってきた。初日に行ったのは、SOHOの「水滸居」。ここはなんといっても羊料理が抜群。他のものもうまいのだが。今回食したのは子羊の太股肉。柔らかくて独特の風味があって、あまりのうまさに狂喜して紅酒(赤ワイン)まで頼んでしまった。
翌日はマカオ。ポルトガル風のマカオ料理に舌鼓を打ちつつ、小説の取材のためにあちこちを歩き回った。香港とは違ってのんびりした空気が心地よい。二千万のマンションを買えば、もれなく永住権がついてくると聞かされて、激しく心が動く。香港に住むのは嫌だが、マカオなら落ち着いて暮らせそうな気がする。香港まで、フェリーで一時間だし。カジノで政府が潤っているせいで、税金の徴収もいい加減だそうだ。いいなぁ。
終日歩き回って、博奕はなし。マカオのカジノは忙しなくって、わたしには向かない。
三日目はマカオのお隣、中華人民共和国経済特区の珠海へ足を伸ばす。ここでの目的は、街の雰囲気を掴むためと、激安で激ウマだと聞かされた四川料理を食べること。
いやはや、うまい。なにもかもがうまかったが、特筆すべきは、「もうこれ以上なんにも食えないぜ」状態で出された小椀の坦坦麺。ほどよく辛くて風味があって、わたしは汁まで残さず食べつくしてしまった。死ぬほど食って、ビールを六本頼んで、お会計は四名様ご一行しめて日本円で二二〇〇円也。安すぎる。その後、とあるホテルのラウンジでコーヒーを飲んだら、四人で一五〇〇円。高い。
ともあれ、マカオにマンションを買おうか、マカオに住もうかという気持ちが日に日に強まっていく。マカオのカジノは好きになれないが、こっちにはヨーロッパのサッカーを対象にしたtotoがある。配当はもちろん一億円などというケチなものではない。これだけでも毎週楽しめるというものだ。
この日の夜は、香港に戻って、香港で唯一といわれるイスラム料理の店へ。昼間の四川料理でまだ胃はぱんぱんだったのだが、ここで食べたアラブ風牛肉餅(牛肉のハンバーグを餃子の皮のようなもので包んで焼いたもの)がこれまた絶品。うんうん唸りながら、それでもすべてを食べ尽くしてしまった。
四日めの昼は「福臨門酒家」の飲茶。晩飯をここで食えば目の玉が飛び出る金を請求されるが、飲茶はリーズナブル。まあそれでも、香港ローカルたちが行く飲茶屋に比べれば法外な値段ではある。だけど、フカヒレ入り餃子のスープが抜群にうまい。あれを飲むためだけに、高い金を払っても通っている。夜は尖沙咀と佐敦の間にある「北京酒楼」。文字どおり北京料理の店だが、ここの名物(というか、わたしの大好物)は、卵白と蟹肉の炒め物。ふんわりと柔らかく、上品な甘みがあっていくらでも食べられる。この店はうまい上に安いのでいつも混んでいる。たしかに、お勘定は「福臨門」に比べれば激安。だが、珠海の四川料理の値段を知ってしまった後では割高に感じる。人間って面倒くさい生き物ではある。
五日め。昼は中環の雲呑麺屋(名前は失念)。プリプリの海老が大量に入った巨大雲呑がなかなかによろしい。雲呑麺が一杯十香港ドル。日本円にして一七〇円か。安いなぁ。安いことはいいことだなぁ。うちの連れあいが多少なりとも広東語を話すので、こういうローカルな店に行っても楽。楽なのはいいことだなぁ。香港島サイドをあちこちうろついて、夜は香港の友人たちと合流。一年に一度のお楽しみ「蟹味噌料理」を食べに行く。店は銅鑼湾、時代広場の上海料理店。
早速、豆腐の蟹味噌炒めと蟹味噌入り小龍包を頼む。が、豆腐の味が薄い。かつての風味とコクがなくなっている。
「なんじゃこれは?」
一同、憤然とする。香港はこれだから恐ろしい。次に出された蟹味噌入り小龍包をおそるおそる口にする。なんともいえない滋味が口の中に広がる。
「うまい!!」
一同、陶然とする。これが食いたくて香港に来たのだ。これを食うために、わざわざ秋に香港に来るのだ。
満腹したあとは、銅鑼湾の外れにあるバー「BRECHT’S」へ。ここのマスターのフレディは気のいい香港人で、わたしのために「不夜城」というカクテルを創作し、メニューに載せている。といっても、この「不夜城」行くたびに味が変わっているのだが。フレディは奥さんの誕生日とかで不在だったが、「ヨーコ」だとか「アキ」などと日本名を名乗る店のスタッフたちと飲み、騒ぐ。この夜のハイライトは、泥酔して上の口と下の口からすべてを垂れ流してトイレに倒れいてたという台湾人の話。死ぬほど笑った。
六日め。宿泊しているペニンシュラのラウンジでブランチを取る。値段の高さに激怒する。本当は近場の茶餐店に行く予定だったのだが、宿酔で寝坊してしまったのだった。ローカルが集う茶餐店とペニンシュラでは食事の値段も五倍は違う。払えないわけではないのだが、腹が立つ。
十二時半にホテルを出て空港へ。三時十分初の日本行きに搭乗。BMWを飛ばして自宅へ。疲れていたせいか、左のフロント部分をマンション敷地内の鉄柱に擦らせてしまう。唖然呆然悄然−−やけくそになって酒を飲み、眠る。
食ってばかりの六日間だった。せっかくダイエットに成功して七キロは痩せたというのに、軽く三キロはリバウンドしているだろう。今日からまたダイエットに励まなくては。それともうひとつ−−死ぬほど働かなくては。
ああ、いやだいやだ。
(2001年11月19日掲載)
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