Hase's Note...


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「チーフブレンダー」

 わたしは日本推理作家協会という団体に所属している。現理事長は逢坂剛さん。前理事長は北方謙三さん。で、北方理事長在任中に、電話で
「馳、おまえ、理事やれ。断ったらどうなるかわかってるんだろうな!?」
 と脅されて、理事にされてしまった。今は国際担当常任理事という肩書きを拝命している。推理作家協会の理事といえば人によっては聞こえがいいのかもしれないが、要は単なるボランティアである。いや、使いっ走りといった方が正しいか。逢坂理事長や、北方さん、大沢在昌さんといった先輩方に、あれをやれ、これをやれ、仕事? おまえの仕事なんか知ったことじゃねえ、といったぐあいにこき使われる。
 ここ数年、推理作家協会の財政は著しく悪化している。そのため、金になることはなんでもやる、というのが協会のポリシーになりつつある(少し、嘘です。でも、協会に金がないのは本当です)。パルマ01  先日、わたしは協会の仕事で京都に行ってきた。昨年から、協会とサントリーがタイアップしているイベントに出席するためだ。わたしのギャラは五万円のビール券。協会の常任理事ではない作家のギャラはン十万円。泣けてくる。わたしがもらえるはずのギャラはすべて、推理作家協会の口座に貯えられるのだ。おのれ北方謙三、おのれ逢坂剛、おのれ大沢在昌。彼らが存在しなければ、わたしが理事になることもなく、ン十万円のギャラはすべてわたしの懐に入っていたはずなのに。
 ともあれ、そのイベントというのは、協会が抱える人気作家六人−−逢坂理事長、北方さん、大沢さん、藤田宜永・小池真理子夫妻、それにわたし−−がサントリーの山崎蒸留所にて、十種類の原酒をブレンドしてオリジナル・ウィスキーを作る、というものだ。ウィスキーができた後には、六人がそれぞれの酒をブラインド・ティスティングして美味しいと思うものに投票し、もっとも票を集めたウィスキーが「謎」というブレンドとして、限定販売されることになっている。
パルマ01 去年の覇者は大沢さんで(わたしは参加しなかった)、ことあるごとに「協会のチーフブレンダーはおれだ。酒のことはまずおれに聞け」と威張りまくっていたので、だれもが「打倒、大沢」を誓っていた。くわえて、今年の「謎」に選ばれるウィスキーをブレンドした人間には十万円が贈られるという噂も飛び交っていた。
 打倒、大沢である。五万円のビール券プラス十万円である。失ってしまったギャラを、少しでも取り返しておかなければならない。わたしは燃えに燃えていた。
 ところで、ウィスキーのブレンドとはどういうものかといえば、十種類の原酒(グレーンウィスキー三種、モルトウィスキー七種)の香りを嗅ぎ、口に含んで味を吟味し、自分のイメージに合わせてそれを調合していくということになる。口の中に含んだウィスキーはその度に吐きだしていくのだが、いくらかは体内に吸収される−−次第に酔っぱらっていく。ブレンドに要した時間はおよそ二時間なのだが、終わったときには六人が六人とも酔っぱらっていた。パルマ01
 用意された原酒の中で、わたしのもっともお気に入りだったのは、スモーキーで癖の強いモルト原酒だった。わたしがひとりで酒を楽しむだけなら、ブレンドなどせずに、このモルト原酒をちびちびやっていたいのだが、今回はコンテストである。自分の好みより、勝てるウィスキーを作らねばならない。それで、わたしはこの癖の強い原酒の割合を、抑えてしまった。
 欲をかくとろくな目にはあわない。
 結果からいうと、今年のチーフブレンダーに選ばれたのは小池真理子さんだった。わたしの作ったウィスキーは次点。しかも、小池さんのウィスキーは、わたしのものより、その癖の強いモルト原酒の割合が大きかった。姑息なことを考えずに、素直に自分好みのウィスキーをブレンドしていれば、わたしが勝っていたのかもしれないのだ。十万円をこの手に掴んでいたのかもしれないのだ。秋にボトリングされる「謎」を密かに隠匿しておき、十年後ぐらいに−−本が売れなくなってただのチンピラとしてしか世間に相手にされなくなったときに、ネットでオークションにかければそれなりの金になったかもしれないのだ。
 嗚呼…… パルマ01 しかし、山崎蒸留所での体験は刺激的だった。ウィスキーのブレンダーに対する畏敬の念が強まった。同じ年に作り、同じような環境に置かれていた原酒も、樽が違えば、違った風味、違った香り、違った個性を持つ原酒になってしまう。そうした原酒を何十種類もブレンドして、常に同じ味を保つことの難しさといったら、想像を絶する。これからは、美味しいウィスキーを飲むたびに、顔も知らぬブレンダーのことを頭に浮かべるだろう。彼らは究極の職人であり、芸術家だ。
「打倒、大沢」を果たしたこともあり、やけに楽しい二日間ではあった。ギャラのこともとりあえずは忘れてやってもいいという気持ちになれた。あとは……来年もこのイベントに招かれて、なんとしてでも「チーフブレンダー」の地位を手に入れたい。協会の理事職を辞させていただきたい。しかしこれは、おっさんたちが生きている間は無理なのだろうなぁ……。

パルマ01

(2001年06月25日掲載)

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