Hase's Note...


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「ダイエット」

 児玉広志という競輪選手がいる。昨年の賞金王−−つまり、競輪界の頂点に君臨した男だ。彼は昨年高知で開催された「オールスター競輪」という大きな大会で優勝した。わたしは、彼に賭けてそれなりの金を儲けた。その金で、わたしは夜の高知の街に繰りだしてうまい魚を食いたおし、うまい酒を飲みたおした。酔っぱらって繁華街の路上を歩いていると、わたしを儲けさせてくれた児玉広志が選手仲間と歩いているのを見つけた。
 わたしは酔っぱらっていた。泥酔していた。だから、ほとんど初対面に近い児玉広志に「おめでとう。おかげで大儲けさせてもらったよ」と叫びながら抱きついた。
 数ヶ月後、そのオールスター競輪の祝勝会というものが、四国の高松で催された。わたしも招かれた。朝まで児玉広志と酒を飲んだ。わざわざ高松まで来てくれたのだからといって、児玉はわたしにプレゼントを用意してくれていた。プレゼントの中身は葉巻だった。
「女房がね、馳さんにプレゼントするんなら、ゴルティエの服がいいっていうんですよ。だけど、高知で馳さんと抱きあったじゃないですか」
 児玉がいう。
「そんとき、おれ感じたんですよ。馳さん、意外と腹に肉が乗ってるなって。だから、服はサイズが合わないかもしれないからやめたんです」
 おのれ、児玉広志め。たしかに、それは事実だが、人前で嬉しそうに喋ることはあるまいに。
 その酒席で、わたしは児玉夫人に腹を触られた。そして、「ほんとだ、けっこう脂肪がついてる」といわれた。
 おのれ、児玉夫妻め。自分は筋肉だらけの身体をしてるからといって……。
 で、わたしはダイエットをはじめた。
 別に太ったっていい。食いたい者を食いたい時に食いたい。しかし、わたしはゴルティエの服が好きなのだった。なぜかといえば、ゴルティエの服は着るものを選ぶからであり、そして、ゴルティエの服を着るものは、体形に気をつかわなければならない。
 しかし、現実問題として、わたしにはスポーツジムに通う時間がない。運動でダイエットする暇がない。かといって、食事を制限するのも我慢ならない。身体に悪いものが一番うまいのだ。腹一杯うまいものを食わなければ、わたしのストレスは増す。ストレスが増せば、仕事にも影響する。しかし、ゴルティエの服を着つづけたい。
 わたしが飛びついたのはインターネットだ。検索−−ダイエット。無数のダイエット情報の中から、自分にもできそうな方法をひとつだけピックアップした。
 晩飯は、死ぬほどたべてもよろしい。その代わり、朝は水分、昼はお握りや蕎麦などの軽いものを軽く腹にいれる。
 こんなことで体重が減るのかという疑問はあったが、しかし、わたしの我儘を満たしてくれそうなダイエット方法は他には見つからなかった。わたしには、それに縋るしかなかったのだ。
 早速、そのダイエットをはじめた。夜は死ぬほど食う。食い過ぎて、もう動けないというほど食う。朝は紅茶。昼はお握り二個に味噌汁。脳を酷使するには糖分が必要となる。それを補うために、紅茶には黒砂糖をたっぷり入れる。
 二週間後、わたしはおそるおそる体重計に乗った。二キロ、痩せていた。ほぼ五年近く変わることのなかった(つまり、筋肉が脂肪に変わりつづけた五年間だったわけだ)体重が、きっちりと減っていた。
 わたしは早速クローゼットを開けた。買ってはみたものの、ぱっつんぱっつんではくにはけなかったパンツをはいてみた。楽勝でボタンをはめられる。腹に脂肪がついたせいではけなくなっていたパンツ類が、すべて、楽勝ではけるようになっている。
 素晴らしい。体形を気にせずに服が着られるというのが、こんなに気分をよくするとは思わなかった。たいして太っているわけでもないのにダイエットに血眼になる女性の気持ちが、少しは理解できるようになった。
 わたしはまだダイエットを続けている。あと三キロは痩せたい。そうすれば、スタイルのいいいまの若者にあわせて作ってある服も着られるようになる。児玉夫人にまた腹を触らせて「どうだ」と見得をきることができるようになる。
 その前に、彼らのおかげでダイエットを思いたったのだからと感謝しなければならないが。

(2001年04月18日掲載)

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