Hase's Note...


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「金のネックレス」

 金無垢のロレックスを買った。次は、金のネックレスだと思った。なぜかと問われても、答えに窮する。ロレックスの次は金のネックレス−−わたしの頭の中では自然な流れだった。『不夜城』が売れたおかげでわたしの懐に転がりこんできたあぶく銭はまだ大量に残っていた。というより、増えていく一方だった。
 金といえば香港だ。わたしは香港に飛んだ。友人のアランに電話をかけた。アランは日本人並に流暢な日本語を操る。香港でのわたしの一番の友人だ。
「アラン、金のネックレス買いたいんだけど、つきあってよ」
 ひとりで買いに行くつもりはなかった。香港はフェイクの街だ。広東語もできない旅行者がのこのこ出かけていってぼられたり騙されたとしても、文句はいえない。
「そのために香港に来たの?」
 アランは驚いたように訊き返してきた。当然だ。
「いや、そのためだけってわけじゃないけど、とにかく、つきあえよ」
「わかりました」
 アランとはホテルで待ち合わせた。そのまま、買物に向かった。九龍側の繁華街である尖沙咀。大通りを歩けば、金を扱う店がいくらでも目に入ってくる。その中の一件に、アランは無造作に飛びこんだ。
「アラン、この店知ってるの?」
「全然。でも、金行なんて、どこでも一緒ですよ」
 アランは自信満々だった。わたしとしても、地元の人間に抗うことはしなかった。
「で、どんなのを買いたいんです、馳さん?」
「とにかく太いやつ」
「そんなの、香港人でもしませんよ。するの、やくざぐらいですよ」
「いいんだよ、おれが欲しいんだから。この店にある、一番太い金のチェーンを見せてくれっていえよ」
 満面の笑顔で我々を迎えた店員に、アランが広東語でなにかを告げた。
「今、持ってくるって」
 アランがいった。すぐに店員が金のネックレスを持ってきた。
「なんだよ、これ?」わたしはいった。店員が手にしたネックレスはとても細いものだった。「こんな姿形してるけどな、金はあるんだ。もっと太いの持ってこいっていえよ」
 同じことを三度か四度繰り返した。店員が持ってくるネックレスは徐々に太くなってはいくのだが、わたしの希望とは天と地ほどもかけ離れていた。ロレックスを買ったときのことを思い出した。またぞろ、わたしの僻み根性が鎌首をもたげてきた。
「こんなのしか出さないんだったら、他の店に行くぞ」
 わたしは叫んだ。それが日本語であっても、わたしが怒りだしたのは店員にも伝わったようだった。アランがなにかいう前に、店員は愛想笑いを浮かべて「今度こそだいじょうぶだ」とまずい英語でいった。そして、わたしたちの目の前から消えた。
 店員は三十分近く戻ってこなかった。他の店員が、わたしとアランに煙草を進めてくれた。お茶を出してくれた。
「なんでこんなに時間がかかるんだよ?」
「倉庫に取りにいってるんじゃないですか。香港人でも、馳さんが欲しいっていうネックレス、滅多に買わないから」
 アランの皮肉を、わたしは無視した。
 四十分ほどして、店員が戻ってきた。額に汗を浮かべていた。自信満々の態度で、わたしの目の前にネックレスを差しだした。
 わたしはひと目見て、それを気に入った。なにもかもが、太い。ぴかぴかに光っている。
「これだよ、こういうのが欲しかったんだよ」
 わたしはネックレスを手に取った。ずしりと重かった。ネックレスを首にかけた。肩の筋肉がめり込みそうなほどに重かった。
「これを買う」わたしは宣言した。「いくら?」
 香港では純金のアクセサリィには値札はついていない。金の重さを書いた紙が貼りつけられているだけだ。その日の金のレートに重さを掛け合わせたのが値段になる。
 ネックレスは日本円で六十万ほどの値段だった。わたしはクレジットカードを取りだした。
「馳さん、一定の金額以上の金製品は、キャッシュじゃなきゃ売れないっていってますよ」
「六十万ものキャッシュを持ち歩けるかよ。カードがだめならいいよ。他の店で探すから」
 わたしが席を立つそぶりをすると、店員が慌てて両手を振った。カードでもOKだといった。香港は素敵な街だ。
 ところで、純金のアクセサリィにはひとつ欠点がある。素材が柔らかすぎて、複雑なしかけを施すことができないのだ。香港で買う金のネックレスには留め具がない。アルファベットのWの形をしたパーツがあって、その両端にネックレスの輪の部分を通し、先を絞めることになる。従って、よほどまめな人間でないかぎり、ネックレスはつけっぱなしするということになる。
 その日の夜、わたしは当然、ネックレスをつけたまま布団に横たわった。ネックレスが喉に食い込み、窒息しそうになった。
 まずい買物をしてしまったかもしれない−−一瞬、後悔しそうになった。わたしは無理矢理かぶりを振った。息苦しさに耐えながら、重い眠りについた。
 数ヶ月後、わたしは香港に舞い戻った。アランを電話で呼びだした。
「新しいネックレス買いたいんだけど、またつきあってよ」
「この前買ったやつはどうしたんですか?」
「あれ? あれさぁ、重過ぎて肩が凝るんだよな。あんまり肩こりが酷いから、もうちょっと軽いやつに買い替えようかと思って」
 アランは蔑むような目をわたしに向けた。わたしにはなにもいえなかった。

(2001年01月15日掲載)

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