「上下巻の辛さ」
6月7日にブックファースト渋谷店で行われたサイン会は盛況だった。来てくれたみなさん、ありがとう。
いやしかし、疲れた。
1時半にブックファーストに到着し、事務室に通されて、まずはそこで書店用に上下各20冊にサインしたわけなのだが、その時点になって、はたと気づいた。
上下2冊あるってことは、客にも2冊ずつサインしなけりゃならんということか?
わたしはこれまで上下分冊で本を出したことがないのでそこら辺のところがよくわからなかったのだ。で、一緒にいた編集者にそのことを訊ねてみた。
「上下買ってくださった読者には、2冊にサインしてあげてください」
との答え。ほう。
「で、整理券とか何枚ぐらい出てるのよ?」
考えつつそう質問すると、
「いまのところ、70枚ちょっとだそうです」
70人に2冊。合計140冊。ちょっときついが、泣きを入れるほどではない。上巻しか買わない客もいるだろう。ってことは、たぶん120冊前後だな。なんとかなりそうだ。その時はそう判断したのだが、わたしはなんとも間抜けだった。
午後2時になってサイン会がスタート。編集者はため書き(○○様と読者の名前を書くやつね)は上巻だけでいいと言っていたのだが、読者を目の前にするとそんなこともいってはいられない。なに、ため書きが増えたところで、120冊だ。なんとかなるだろう。そう思い、一心不乱にへたくそなサインを書き殴り続けたわけだ。
サインした冊数をいちいち数えているわけではないのだが、長年の経験から右腕の疲れでだいたいの数は把握できるようになっている。これはもう百冊は突破したなと判断し、客が並んでいる階段の方に視線をやると、まだまだずらずら延々と並んでいる。どういうことだ? 整理券は70枚だろう。もう百冊以上にサインしただろう。なんでこんなに並んでるんだ?
もちろん、時間間際、あるいはサイン会がスタートしてからもどんどんとお客さんが詰めかけてくれたということなのだが、しかし、これほどまでとは思ってもいなかった。右の上腕がどんどん張っていく。が、客足が途絶えることもない。ため書きはやっぱり上巻にだけ−−そう思いもするが、今までは下巻にも書いてきたのに、後のお客さんにはしないというのもどういうものか。ああ、しかし右腕が限界だ。だというのになぜこの古本屋の親父どもは10冊も本を持ってきてサインしろなどというのだ。
いるんだよ、サイン会があると大量の本を持ってきてサインをさせる古本屋。勘弁してくれよ、頼むから。
もう頭の中はストレスと怒りでいっぱいだ。しかし、そのストレスや怒りを書店員や出版社の人間や、とりわけわざわざ本を買ってくれた読者にぶつけるわけにはいかない。
ああ、参った。上下巻ってこんなに辛いのかよ。みんな、よく上下で出すよな。
サイン会は1時間の予定だったが、終わったのは3時半すぎ。結局、並んだ客は120人前後に達し(聞いていたのより50人も多いじゃないか!)、『生誕祭』以外の本にも請われればサインをしたので、おそらくは200冊以上の本にサインを書き殴ったことになる。わたしの腕はほとんど麻痺して動かすこともできない。筆圧が強すぎるってのはどうにかならんかな。パソコンのおかげで執筆には苦労しないが。
最近、地方でのサイン会がない、なんとかしてくれ、というメールをたまにいただくが、これはもう書店がサイン会やってくれといってくれないとどうしようもないので諦めていただきたい。わたしがサイン会はやりたくないといっているわけではないのだ。わたし程度の売れ行きでは、書店にとっても出版社にとっても、わざわざ地方に出かけてサイン会をするメリットがないのだろう。客が来てくれないと、これほど惨めなものもないしね、サイン会って。
が、今回のサイン会は正直とてもきつかったので、サイン会が一度だけという現実にはほっとしている。
すまんね、わがままな人間で。
(2003年6月9日掲載)
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