「タマちゃん」
「タマちゃん」と嬉しそうに口にする女子アナの言葉を聞いて、椅子からずり落ちそうになった。
多摩川に現われたアザラシのことだ。いまは鶴見川にいるのか。
多摩川に出没するアザラシだからタマちゃん。その馬鹿馬鹿しさは筆舌に尽くしがたいが、それ以上にアホらしいのは、他に電波で流すことはないというニュースだかバラエティなんだかわからないいくつもの番組のくだらなさだ。
「タマちゃんが今、頭を出してくれましたぁ」
知能指数ゼロとしか判断しようのない女子アナの能天気な叫び声と痴呆的な笑顔に殺意を覚えるのはわたしだけなのだろうか。
鶴見川は多摩川に比べて水質が悪く、食料となる魚なんかも少ないので、タマちゃんの今後が心配されるのだそうだが、今現在、地球上のあちらこちらでおそらく何十頭ものアザラシの子供が死んでいるだろうことなど、どうでもいいのだろう。
「タマちゃんが橋げたの上に姿をあらわしてくれましたぁ」
いや、ほんと、マジで絶望感に襲われる。おれが今生きているのは、本当に現実の世界なのだろうかと自分の現実認識が揺らいでいく。
日本ハムはろくでもない。それは確かにそうなんだが、「タマちゃんがまた水の中に潜っていってしまいましたぁ」と阿呆丸だしで叫ぶその後に、キャスターだかアナウンサーだかが日本ハムのあり方は消費者をないがしろにしていてけしからんというても、そら、説得力のひとつもないだろう。視聴者をだれよりもないがしろにしてるのはテレビそのものではないか。
日本ハムといえば、大社親子の処分がなっとらんと農水省がいちゃもんをつけているが、どの口が偉そうなことをいっておるのだろう。日本に狂牛病を発生させたのは、すべて農水省の責任だし、てめえの尻ぬぐいをするために牛肉の買い上げなんて馬鹿な策を巡らし、その揚げ句、雪印だの日本ハムだのがろくでもないことをやらかしたというのが現実だ。農水省も大社親子と机を並べて、「誠に申し訳ございませんでした」と陳謝するのが筋だろう。消費者も「もう日本の企業は信じられません」などと阿呆なことを抜かしているが、企業よりも信じられないのは役人だってことがどうしてわからんのか。どうして糾弾せんのか。どうしてそうまで愚かなのか。
せっかく酷暑が終わって過ごしやすくなったというのに、わたしはテレビや新聞に目を通すたびに怒り、体温があがり、ぐったりする。
話変わって、先日、このサイトに送られてきたメールに、「このメールは本当に馳さんのところに届けてもらえるのでしょうか」と書かれてあった。
基本的には、送られてきたメールはわたしのアドレスに転送される。基本的に、というのは、明らかに阿○と思われる人物からのメールは送ってくれるな、とウェブマスターにお願いしてあるからだ。布袋寅泰を批判した時とか、W杯期間中なんかは「文章読解力がゼロなんではないか」と疑わざるをえないようなメールがクソのように送られてきたらしい。そんなメールに一々目を通していたんでは仕事に支障をきたす。だいたい、わたしは連れあいにも「おれに頭が来ても、午前中にはなにもいわずに我慢していてくれ」とお願いしている。夫婦喧嘩に限らず、頭にきていると、小説が書けなくなってしまう。ほんの些細なことにでも神経が過敏に反応するようになってしまうのだ。気分が穏やかな時だって、「おれが今書いているこの作品は、本当に世に出すに足るなにかになっているのであろうか」等等と、常に不安と疑心暗鬼と絶望とやる瀬なさに歯ぎしりしているというのに、くだらないことで頭に血がのぼっていてはなにも手につかない。一日の仕事が一段落した後でなら、連れあいにどれだけ怒られようが罵倒されようが、なんとかその日を生き延びることはできるのだが。
わたしの精神状態を鑑みながら、転送すべきメールとそうでないメールを選別しているウェブマスターには本当に申し訳ないと思うのだが、この我儘だけは譲るつもりはない。
サマージャンボ宝くじで3億当たったら、東南アジアのどこかに家を買って余生をおもしろ楽しく過ごす腹づもりでいたのだが、あえなく外れてしまった。まだしばらくは働きつづけねばならない。ああ、早くロト6を買いに行かなければ。
30万ヒットは東京都の八田祥市さんでした。サイン本、送ります。
(2002年8月26日掲載)
|