「夏は嫌いだ、本当に嫌いだ」
暑い。生きているのが嫌になるほど、暑い。愛犬マージのためにと、最近は疲れた身体に鞭打って午前8時に起床して散歩に行っているのだが、8時でもすでに暑い。夜の散歩コースの途中に電光表示の温度計があるのだが、先日は午後11時の時点で、30度と表示されていた。どうなっておるのだ、東京は。
マージが熱中症にでもなったら大変なので、この時期、明るいうちの散歩は10分程度で済ませている。それでも、家に帰り着いた時には汗だくでTシャツはびしょびしょに濡れている。昼間に用事があって、青空駐車場にとめている愛車に乗り込むと、そこはサウナ。ステアリングやシート、ウィンドウ枠に素肌が触れると火傷しそうに熱くなっている。エアコンが効きはじめるまで、じっと動かず、それでも、汗だくになっている。暑くて滅入っているにも関らず、食欲が落ちるということはないから、昼と夜、食事を作る。暑くて外出する気になれないという理由もあるのだが、とにかく、作る。黒酢とチリソースを使ったスタミナ満点の肉野菜炒めを作ろうと、中華鍋を振っていると、だらだらだらだらと汗が出てくる。頬を伝わった汗が鍋の中に落ちる。連れあいが知ったら、激怒するだろうなと怯えながら、それでも汗はとまらない。冷房をかけているにもかかわらず、だ。
汗だくのまま食事を摂り、シャワーを浴びる。ビールは嫌いなので冷やした白ワインなんかを飲みつつ、テレビの前に座っても、ろくな番組が見つからない。日本のテレビはいったいどうなっておるのだ−−中年親父と化してテレビに毒づく。それにしても、日本のテレビはつまらない。ニュースもつまらないし、バラエティもつまらないし、ドラマもつまらない。しかたなくチャンネルをスカパーに切り替えるが、欧州のサッカーはシーズンオフだ。WWEも毎日放映されているわけでもない。シャワーで流したはずの汗が、また、流れてくる。煙草を吸うと、煙いといって連れあいが窓をあけるのだ。せっかく冷えていた空気が、あっという間に湿り、蒸し暑くなっていく。
はあ……。今、こうして文章を書いていながら、パソコンが発する熱にくらくらしている。油断すると、額に汗が浮いている。どうなっておるのだ、本当に。
香港では、街中ではおしゃれな恰好をしている若い衆でも、自宅ではTシャツにトランクス一枚でいるなんてことが多い。わたしもその恰好で過ごそうと企んだことがあるのだが、連れあいの強硬な反対にあって断念した。本当は素っ裸でいたい。
わたしは北海道出身で、北海道の新聞やら雑誌やらから北海道についてなにかという依頼が結構多くて、その度に、もう東京暮らしの方が長いし、北海道で生まれ育ったことにはなんの感慨も関心もありませんといって断ることが多いのだが(だいたい田舎が嫌いだから東京に住んでいるのだ。なぜそんなことがわからんのか。北海道出身だろうが九州出身だろうが、ことこの国においてはたいした違いはないのだ。なぜそんなことがわからんのか)、夏に限っては、北海道に帰りたいと切に思う。ああ、扇風機だけで快適だったあの夏はいずこに……。
夕飯の買い出しに近所のスーパーに行き、その帰りにめげた。往復10分の距離であるにもかかわらず、だ。わたしの目の前にはマクドナルドの店舗があった。59円のハンバーガーはどうでもいいが、マックシェイクは大いなる誘惑だった。マクドナルドに向かいそうな足をなんとかとめたのは、体重増に関するおそれのせいだ。おそるべし、肥満への恐怖。ああ、それでもきんきんに冷えたマックシェイクが食べたかった。家に戻ると例によって汗だくで、冷たいものはないかと冷蔵庫の中を漁ったら、冷凍庫の奥にシャーベットがあった。果汁百パーセント。これならマックシェイクよりましだろうと貪り食った。
わたしの夏はこんなふうに過ぎていく。
先日、とある飲み屋でわたしの横に座ったねーちゃんが、わたしが馳星周という作家であるということを知って、こういった。
「本買います。わたし、普段、本読まないんだけど、最近、ブックオフにはまってるんですよ」
わたしが激怒し、なぜブックオフで本を買うと作家が困るのかについて熱弁をふるい、おかげで汗をかいてしまったことはいうまでもない。
夏のわたしは本当に大人げない。
抉れていた小指の先の肉が、少しずつ復元しつつある。肉体の神秘。
もうすぐ、300000ヒットだそうである。なにかプレゼントを考えるので、キリ番取った人はウェブマスターに一報を。
夏休み返上して『マンゴー・レイン』のゲラ直し、及び、『生誕祭』の原稿直しに精を出すので、二週間ほど更新、休みます。って、この前も二週間以上サボってたんだよな。すまん。
(2002年8月11日掲載)
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