「カンヅメ」
月に一度は、カンヅメになる。ホテルに籠って、ひたすらに小説を書きつづける。筆のはやい作家ならば、そんな必要はない。わたしは筆が遅い。自分でもいやになるほど遅い。やりたくもないインタビューに応じ、ろくに勉強もしてこない頭の悪いインタビュアーに、「馳さんの小説はスピード感があって、凄く速く読めますよね。書くのも速いんですか?」などと聞かれようものならたやすく逆上する。
物語にスピード感を持たせるために、四苦八苦しながら書いているのだ。能力が追いつかないために、一行書くごとに唸り、自分を呪っているのだ。
書くのも速いんですか?−−てめえの頭の単純さをおれにあてはめるな!!
とまあ、わたしは怒りっぽい。今回はカンヅメに話だったのだ。あほうなインタビュアーの話ではない。
カンヅメの実態を知らない人は、ホテル暮らしなんて優雅でいいですねという。冗談ではない。カンヅメ中のわたしは、人に見せられたものではない。いつも唸っている。叫んでいる。まるで、ビールを飲みながらテレビの巨人戦に噛りつき、だれもきいてやしないのにひとり喋りつづけているオヤジのようだ。
部屋の中は、資料や脱ぎ捨てた衣服が床の上に無秩序に散らばっている。灰皿の中は吸い殻の山で、空気は澱んでいる。高いところが苦手なので日中でもカーテンを閉めたまま。高級ホテルにいながら、薄暗く汚れたスラムで暮らしているような体たらく。目は落ちくぼみ、頬がこけていく。ストレスは溜まりつづけるのに、普段、わたしの荒んだ心を癒してくれる愛犬はそばにいない。
飲みに行きたい。夜になると必ずそう思う。だが、行ってしまったらおしまいなのもわかっている。ストレスが極限まで溜まっている状態で飲みに行けば、正体をなくすまでへべれけに酔ってしまうに決まっている。そうなれば、翌日は激しい宿酔で仕事にならない。仕事をするためにカンヅメになっているのに、それでは話にならない。
かくして、わたしはゾンビを殺す。殺しまくる。飲みに出かける代わりに、ホテルの近所の酒屋で買ってきた安いワインを飲み、PS1をテレビにセットして、一連の『バイオハザード』シリーズをプレイして、ゾンビを殺しまくる。どのシリーズも、何十回とプレイしているので、目を閉じていてもルートがわかる。隠し武器のサブマシンガンを、ただひたすらに撃ちまくる。
「おらおらおら、死ね、死んでしまえ!!」
コントローラを操りながら叫ぶ。実際に、本当に、叫ぶ。叫びながら、画面の中のゾンビやらリッカーやらを殺しまくる。
傍目で見れば、わたしはおそらく異常者だ。いい年をした中年男が、こけた頬と血走った目を画面に向けて、ゲームの中のゾンビを奇声をあげて殺しまくっているのだ。
異常者に見えるだけでなく、実際に異常な精神状態になってもいるのだろう。カンヅメが開けて家に戻ると、家人は腫れ物を扱うようにわたしに接する。
先月も、十日ほどカンヅメになった。最後の夜に、どうしても外せないパーティがあって出かけた。カンヅメの最後の夜だ。ストレスは極限まで高まっている。
わたしは酔っぱらった。酔って喋りまくった。そばにいるのがホステスだろうが、先輩作家だろうが、編集者だろうが、機関銃のように喋りまくった。へろへろに酔っ払い、呂律が回らなくなってもなお、喋るのをとめなかった。
カンヅメの間中、他人と話すことが極端に少なくなるので、その反動が出るのだ。
揚げ句−−翌日はとんでもない宿酔だったが、目覚めた時には、頭が痛いというよりも、顎が痛かった。喋りすぎで、顎の関節が炎症を起こしていたらしい。
愚かもここに極まれり。しかし、わたしにはどうしようもない。カンヅメになるというのはそういうことなのだ。
家に戻り、顎が痛いと告げ、その理由を説明すると、連れあいは「馬鹿じゃないの」といった。
わたしが逆上したのはいうまでもない。
(2001年02月05日掲載)
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