W杯特別寄稿

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「雑感」

 準々決勝の前後、スタディアムの周りを歩いていると、ワールドカップのせいで、中途半端にサッカーの知識をひけらかす日本人が本当に増えたな、と強く感じた。中途半端な知識が本当の知識になっていくのなら歓迎したいのだが、日本人となるとどうなることやらと溜め息をもらすことの方が多い。
「八百長審判がいなかったら、今日の試合、イタリア対スペインで面白かったのにね」
 長居のスタディアムから帰る道すがら、若い女性の声がわたしの耳に届いた。
 やれやれ。まともに考えれば、審判の買収などありうるはずもないのに。
 今大会、誤審が多いのは事実だが、誤審なんて、いつだってサッカーにはつきまとう。フランス大会でも信じられないような誤審はあった。EURO2000でも犯罪的な誤審でポルトガルが敗退した。試合の後、フィーゴは叫んだものだ。
「ポルトガルが小国だから、あんな判定が下された。審判はフランスやイタリアのような強国に有利な笛を吹くんだ!!」
 しかし、フィーゴの叫びは無視される。だって、サッカーには誤審がつき物だからだ。ついているものには有利な笛が吹かれ、ついていないものにはアンフェアな笛が吹かれる。
 今回は韓国に有利な笛が多かったから、批判の大合唱が起こったが、韓国はホームチームなのだ。有利な笛が吹かれて当たり前だ。日本だって、ベルギー戦では稲本のゴールがミスジャッジで幻とされたけれど、ロシア戦ではオフサイドを見逃してもらった。
 だいたい、トッティのあれは、明らかにシミュレーションだし、「イタリアの選手は汚い」という印象が審判たちの頭に刻みこまれているから、あそこで笛が鳴る。
 イタリアが韓国に負けたのはミスジャッジのせいではなく、デルピエロに代えてガッツーゾを投入するような時代遅れのトラパットーニを監督に据えていたからだ。イタリア人のサッカー観が、今現在のサッカーの潮流に負けたのだ。当たりで相手を潰して、攻撃はヴィエリとトッティに任せるだけ。そんなサッカーで勝ちあがったら、それこそサッカーの神様が激怒する。タレントはいるのに、イタリアのサッカーはあまりにもせこすぎる。これまではそれでも勝ててきたが。
 スペインは、イタリアの敗北を目の当たりにして、審判の笛にナーバスになりすぎた。カマーチョは審判にヒステリックに抗議する前に、選手たちを落ち着けるべきだったのだ。
 ヨーロッパの国々が今大会の誤審問題を大きく取りあげるのは、勝ったのがアジアのチームだからという理由が大きいだろう。そこにあるのは偏見か差別か、あるいはショックか。いずれにせよ、誤審によって勝利を拾ったのがヨーロッパや南米のチームなら、試合直後は騒ぎ立てても、しばらくすれば忘れ去っていただろう。
 なぜなら、サッカーとはそういうものだから。だからこそ、何度も誤審問題を起こしながら、サッカーはビデオによる判定の導入をかたくなに拒んできたのだ。
 イタリアはともかく、わたしもスペインが準決勝、決勝と勝ち進む姿を見たかった。スペインのサッカーは素敵だ。しかし、敗れたのが韓国であれば納得がいく。韓国は素晴らしいサッカーをしていた。なおかつ、ホームで戦っていた。韓国の競技場は十のうち七つがサッカー専用競技場だ。スタンドとピッチが近く、サポーターの物凄い声が相手チームと審判の上に襲いかかる。日本はその逆。サポーターがどれだけ声を張りあげても、スタンドとピッチの間には陸上トラックが横たわる。横浜なんか最悪だ。
 そういえば、こういう会話も聞いたな。
「韓国の応援ってヒステリック過ぎていやになる」
 やれやれ。日本人だって充分にヒステリックだったと思わないだろうか? 韓国ではなく、日本が勝ち進んでいれば、ベスト16以上に日本人がヒステリックになっていったに違いない。フランス人もそうだった。ベスト8に勝ち進んだあたりから、フランス全土はヒステリー状態に陥っていった。予選ラウンドの時は、ワールドカップなんて迷惑だといってはばからなかったパリの人間たちまでヒステリックになっていた。EURO2000の時のオランダも、イタリアに負ける前まではとんでもなくヒステリックだった。
 どこのだれから聞いたんだが、わかったような言葉にわかったような会話。
 まあ、どうでもいいんだけれど。
 ブラジル対トルコは緊迫した好ゲームだったけれど、わたしの心はそれほど踊らなかった。トルコは死力を尽くしていたのに、ブラジルには余裕があったからだ。こういう時には、勝ちあがってきたのがトルコではなく、ヨーロッパの強豪だったなら、と考える。両チームが死力を尽くして真正面から激突する試合を、わたしは観たいのだ。しかし、非現実的なことを考えてもせんがない。
 ドイツ対ブラジル。ワールドカップの決勝戦はつまらないという常識がくつがえることを、両チームが死力を尽くすことだけを、わたしは念じている。

(2002年6月27日掲載)

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